黒部峡谷を描いた作品
手塚雄二作品集

「終宴」
1994年(平成6年) 124.5×69.0 紙本着彩
第49回 春の院展出品作
黒部の秋の終わりが、舞い落ちる紅葉であらわされています。
十字峡での取材を終えられた手塚先生と、日電歩道を下流へ向かって歩いていたときのことです。
東谷が見える位置にさしかかったところで、板屋楓の見事な黄色の葉が、音をたてて舞い落ちていました。
その幾重にも積み重なった落ち葉を、ゆっくりと踏みながら進みました。
このとき、先生は作品の構想をもたれたそうです。
らせんをえがいて舞い落ちる枯れ葉が、やがて土に還っていく様子が描かれています。
降りしきる枯れ葉以外、余計なものが一切省かれた画面からは、かえって多くのイメージが喚起され、
見る人の想像力をかきたてます。
「終宴」は峡谷の秋を、枯葉という最も具体的なもので表現しながら、同時に最も抽象的に、
この世の事象の一端としての「秋」を表現しているかのようです。
連綿と何百年、何千年にわたって繰り返されて来た自然の営みは、今年もまた、静かに行われるのです。

「幻の瀧」
1994年(平成6年) 199.4×390 紙本着彩
第79回 院展出品作
平山郁夫画伯の作品『幻の瀧』と同じ剣沢大滝を、地上から取材した作品です。
登山の素人である作家の手塚雄二氏が「幻の瀧」まで到達することができたのは、
ひとえにベテランガイド高嶋石盛氏の全面的な協力があってのことでした。
キャンプをはっての行程は、死の危険に満ちたもので、作家にとっては命がけの取材でしたが、
それは、大自然と一体となった体験でもあったようです。
滝の脇にあるわずかなでっぱりに登り、そこで腰に命綱をつけてのスケッチが行われました。
斜めにかしいだ滝の構図は、不思議な高揚感を生み出し、まるで無限の空間の中を、
遙かな高みを仰ぎみながら浮遊しているかのような錯覚にとらわれます。
黒々とした岩壁の立ちはだかる空間の中を、真白に輝く水が横切ります。
それは、飛沫をあげながら一気に流れ落ち、辺りに怒涛の轟きを響かせます。
水が斜めに落ちるという、この本来ならありえない構図は、画面に奥行きと緊迫感を生み出し、
水は、大自然の力そのもののように圧倒的な迫力をもっています。黒部峡谷を造りあげたものこそ、
実にこの水の流れであり、その時間なのです。
作家は大自然に想いを馳せながら、あらんかぎりの情熱をこめてこの「幻の瀧」を描きあげました。
その筆の音が、滝の轟きとともに聞こえて来るようです。

「黒の壁」
1995年(平成7年) 212.0×306.0 紙本着彩
第80回 院展出品作
黒々と立ちはだかる壁。
赤みを帯びた壁はゆるやかな弧を描きつつ奥へと至り、空が仄かな金色に輝く。
映画『黒部の太陽』で知られる、日本有数の規模を誇る「黒部ダム」。
その外壁には「キャットウォーク」と呼ばれる細い通路が取り付けられていますが、
これはそこからダムを描いた作品です。
この壁の裏側には、黒部湖の満々たる水が湛えられています。
莫大なエネルギーを秘めた大量の水をとどめるこの壁こそ、秘境黒部に力の限り挑み、
幾多の困難に打ち勝ち、ついにダムと発電所の建設に成功した先人たちの偉業を、
今日なおありありと伝える不朽の記念碑そのものです。
画面いっぱいに頑然と屹立する壁は、大自然の猛威の前では弱々しい存在でありながらも、
それでもこれだけのものを造り上げ得る人間へ送る、
作家の心からの賛歌なのです。

「出六峰」
1993年(平成5年) 42.0×133.0 素描(鉛筆・色鉛筆)

「星宿出六峰」(せいしゅくだしろっぽう)
1995年(平成7年) 170.0×360.0 (六曲一隻屏風) 紙本着彩
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塩出英雄 平山郁夫 福井爽人 田渕俊夫 竹内浩一 手塚雄二 宮廻正明